世田谷文学館に

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世田谷文学館にヒグチユウコの個展を観に行った。
書店や文具店などで、細密でちょっと不思議な猫の絵を見かける事がよくあり、ヒグチユウコという画家の作品だと知ったのはわりと最近。
うっすら興味を持っていた折、大規模な個展が開催されるということなので観に行く事にした。

ヒグチユウコのブランド力・吸引力はすごかった。
一緒に行った友人はガチャとフィギュアに夢中、グッズ販売の長蛇のレジ待ちに並ぶ人々は惜しげもなく次々に大枚をはたいている。
初めて知った。ものすごーーーーく人気の画家さんだったんだ~。
この日のヒグチユウコ素人は間違いなく私だけだったと思う。
買うのは画集だけでいいや、スゲーなみんなと思っていた自分も、気づくとコマゴマしたグッズがしっかりとカゴに入っているではないか。
ヒグチユウコ恐るべし。

会場のあちこちからため息と賞賛のつぶやきが聞こえ、その中に混じって「私も絵が描きたくなった~」という声もあった。友人も帰ったら描きたい!と言っていた。
うっとり観るだけでなく人の創作意欲までかき立ててしまうなんて、改めてヒグチユウコ恐るべし。
しかし絵を描きたい!と言えるなんて羨ましいなぁ。

自己流だからと謙遜するが、友人の絵の才能は小学校のころから既に花開いていた。
文才にも長けていた彼女は休み時間によく漫画を描いており、周りはいつも人だかりができていた。私も眺めながらマネしてこっそり描いたりしたもんだったけど、しょうもないものしか描けなかった。
子供のから絵は苦手で義務教育後絵の勉強は一度もしていない。
当然ながら地力がまったくない。
デッサンの勉強をすれば良かったなぁと思うが、今から勉強するという気も起きない。
自業自得のないないづくしの中、おかしなフォルムでもあまり気にせず作品を作っているが、それでも完成まで幾度となく地力のなさを嘆き、「センスねえよ自分!!下手すぎるんじゃ!!」と心の中で自分に悪態を吐きつつ何とか力技で形にしている。

私見(言い訳?)だが、中国切り紙の世界はどちらかと言えばデザインに近いかな思っている。
「切り絵」と「切り紙」ってどう違う?とよく聞かれるが、絵を描くのとデザイン作業の違いとも言ってもよいのではと思っている。
フォルムを性格に掴む事ももちろん大切だけれど、どこをどれだけ切り込むか、面白い形にできるか、余白のバランスは、などと考えながら模様を作り込む。
バランスが悪いと見栄えがよろしくない。これってデザイン作業に通じるなといつも思う。
幸いな事にグラフィックデザインは難しいけど好きだった。
デザイナーとしてはぽんこつであったが、仕事で得た感覚は役立っていると感じることも多い。
そんな訳で、自分の作品は絵の地力がなくても、デザイナー時代の力のおかげで一応何とか「作品」と言っていい…かなと思っている。

可愛いグッズも魅力的だが、初めて目にしたヒグチユウコの原画は素晴らしかった。
少女にキノコに猫にちょっとグロテスク…、と書くとありがちなモチーフだなと思ってしまうけれど、それらが彼女の脳内フィルターを通ると、観る人の心を一瞬で捉える唯一無二の世界になって目の前に現れる。
いつまでも眺めていたいと思わせる作品たちの前にいると、作品のみならずこの人の脳内を見てみたいなぁという気にもなってくる。

何かの本で、中国剪紙(切り紙)の要は、作品に自分の心象風景を表現することだというようなことが書いてあった。
下絵もない所にはさみを持つ手が自由気ままに心を切り出すなんて、まるでうしろの百太郎の自動書記のようだ。
絵画やのデザインやの余白やのごちゃごちゃ言ってる自分が恥ずかしくなる。
そこまでは到底無理としても、いつか自分の世界観をちゃんと出せるようになりたいものだ。

どうやら私もヒグチユウコに創作意欲をかき立てられた一人になっているらしい。