ようやく、

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ようやく、「平成最後」「令和最初」の連呼が減ってきた10連休最終日。
小声で言うと、異様なフィーバーっぷりとみんなが何に対しそんなに感謝しているのか全く理解できず、正直なとこ違和感と戸惑いの、ちょっと居心地の悪いひと月だった。

違和感を感じた時、感情的にムリ!と感じた時、その感情をスルーできなくて、なぜ自分はそう思っちゃうのかなーと理由を考えるのが好きで、我ながらめんどくさい性格やと思っている。
「みんな一緒」が幼少より不得手で、改元フィーバーに乗り切れん理由の一つがこれ。
踊る阿呆にも観る阿呆にもなりきれんくて、自ら人の輪から離れてしまう。
要はただのへそ曲がりでおもんない奴なのだ。

めんどくさい性格のなせる技?のひとつに「ど忘れを自力で思い出す」という一人ゲームがある。
検索すれば一瞬で分かるけど、それって何か負けた気がする。何にかは分からんけど。
以前「人は一度覚えた事は忘れない、ただ思い出す回路が劣化(だったか?)するだけ」というようなことを聞いたことがあり、以来、頭にあるなら自力で思い出せるだろうと、ど忘れをすぐ検索しなくなった。

「ど忘れ」のほとんどは緊急性のないどうでもいい内容で、たいがい「顔は出てるのに名前が〜〜」というアレ。
昨日ダンナくんと近場の山へ登りに行った帰りの電車でパラアスリート競技の車内吊りを観ていた時、ダンナくんが「車いすテニスのあの男性選手が…」と話を始め「ああ、あの〜」と言ったものの、二人とも名前が出てこない。
脳内に一瞬名前が光ったものの、捕える前に消えてしまった。
「え〜と」「あの人〜」とひとしきり悩んだものの既に「ど忘れのツボ」の中。

ダンナくんはこういう時頓着しない。忘れたことは「検索したらええやん」派。
次の話題へ移ったけど、私の中ではゲーム開始の合図が鳴った。
ルールは一つ。「車いすテニスのあの男性選手の名前」というお題を、頭の隅に置き続ける、以上。
不思議なもので、しばらくすると何のきっかけか急にふと頭の中に答えが出るのだ。
こう手順を書いてしまうとゲームでも何でもない気もするが…。
3日くらいかかることもあるけど、今回は割と早かった。

翌朝コーヒーを入れている最中、唐突に、今度はしっかり「令和」の文字のごとく名前がばーんと脳内に発表された。
勝った。スッキリした。


写真は山登りの時のもの。せめて写真だけでもカラッとしたものをと思い…。
新緑の山中を歩くのは心地よく、頂上の展望台から360度景色が見渡せてとても気持ちいい一日を過ごせた(^_^)

先月関西にいた間、

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先月関西にいた間、急に一日ぽっかり空いた。
どう過ごすかなぁと思っていると、ふと今は青春18切符の使える期間だったことを思い出した。
18きっぷは5枚綴りだけど必要なのは1枚だけ。まだ出始めだったので金券ショップでなかなか1枚売りが見つからない。
諦めかけてたところ、何軒目かで「1回分貸します」の張り紙があるショップを発見。
どういうこと?と思ったら、5回分使える未使用の18きっぷを1回分の2350円払えば5日間貸し出ししてくれるというシステム。
おお、私のためにあるようなシステムじゃないの〜。
色んなシステムがあるもんだと感心しつつ購入、いざ小旅行へ旅立った。

20代の頃はカネはないが時間は結構あった。
時間がたっぷりあるというありがたい状況がどんなに貴重か気づくのは、それからずーっと時間が過ぎて人生の残り時間が少なくなって来てから。
「あの頃に戻りたい」という感覚は私はあまり理解できないのだけれど、もし昔の自分に一言苦言を呈せる装置があれば、偏見を持たずもっと色々見に行け何でも試せと伝えたい。
若いときにしか出来ないことっていっぱいあったなぁと思う。

その一つが海外旅行。
今もたまに行くけれど、20代の頃は何もかもノープランで出かけたりしていた。
とりあえずチケットだけ取って着いてから安宿を探して朝起きてから予定を立てる、そんな旅行の仕方を何度か経験した。
当時から、安宿や行き当たりの旅は年取ったら無理だから今のうちにやっとこうと思っていたが、それは先見の明?があった。
一日うろうろして帰り着いた部屋が水出ないやの停電だやの臭いやの、今はもう正直ムリ。
ノープランも時間がもったいないと思ってしまうので、最近はあれこれ調べてきっちり予定を組む事が多い。
セキュリティや治安もやはり気になる。
ネットで簡単に情報を得られる時代ではなかったけれど、今思うとなんと無防備な!と思う行動がいくつもある。
20年経つと人ってこんなに変わるのだ。
あのころの自分と今の自分はほんとに同じか?!と時々思ってしまう。

海外旅行の他に好きだったのが瀬戸内の島。過去形でなく島へ行くのは今も好きだ。
今でこそ瀬戸内の島はアートイベントなどが頻繁に開催され、若い人たちが押し寄せ、すっかりオシャレなイメージになっているが、20数年前はただの島だった。(直島などはちょっとづつアートの芽?が出て来た頃だったかも)
一人で島の小さな旅館に宿泊して翌日おかみさんと喋っていたら、「一人で来るから自殺しに来たと思っていた」なーんて言われた事も。
20年経つと島も変わるものだ。女子の一人旅だってぜんぜんフツーになった。
アートや若者の訪問で活況になるのは、島にはプラスになることがいっぱいあると思う。
でも私はイベントもなく旅行者も少ない静かな島の空気の方が好きだったりする。
たまにしか行かない勝手な個人の気持ちだけど。
島には今でもノープランで一人旅してみたいなぁと思う。

18きっぷで出かけたのは倉敷。
昔行った事があるけど、ゆっくり歩いたのは初めてで、端から端まで気の向くまま歩き倒してみた。
天気も良くて絶好の外歩き日和。いいリフレッシュの一日だった。

そうだ、もう一つ好きな事があった。
電車の車窓から知らない場所の風景を眺めるのもとても好きだ。
眺めながら、もしこの場所に住んでいたらどんな人生を送っていたんだろう、という妄想をするのだ。
小さな商店で自由業?農家のお嫁さん?3世代も4世代も一緒に住む大家族だったりして〜、とかとか。
この日もそんなことをぼんやり妄想しながら片道3時間の車窓を楽しく眺めていた。
が、この遊びは妹に話してみたが1ミリも共感してもらえなかった。さらには、
「そんな時間かかるんやったら新幹線乗るわ〜」
まあそれもアリやねぇ。。。

写真は岡山駅に止まっていた電車。
この色の電車はJR(そして古くは国鉄)の神戸線で快速電車として活躍していたもの。
山陽本線では現役だったのか〜。
子供の記憶がよみがえって懐かしい心持ちになった。

 

引っ越しして新しい土地に移ると

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引っ越しして新しい土地に移るとめんどくさいのが病院探し。
中でも一番難航したのが歯医者だった。
芸能人でなくても歯は命。予防歯科医療に力を入れている歯科を探していたけれど、1軒2軒目はダメだった。
初診料3回払ったところでようやくいい歯科に出会える事ができた。

予防医療に力を入れているだけでなく、治療の説明やこちらの質問などにも丁寧に時間を割いて説明してくれるのでとても信頼できると思っている。
先生はやや個性的だけど、診察が良いので大して気にならない。
以後ずっとお世話になっているのだが、初日に言われたのが「歯ぎしりしてますね。」
ええ?!
これまで数々の歯医者へかかってきたが、歯並びが悪いと言われる事はあっても歯ぎしりの指摘は初めてだった。
犬歯のすり減りなどから「夜間の食いしばり」があるそうで。
言われてみれば、朝起きたら奥歯を食いしばっているような感覚がある日が多いかも。
就寝時の食いしばりは何と300kgもの力がかかるらしい。
放っておくと歯の破損や口の疾患に繋がるので、歯を保護するマウスピースを作る事もできるとのことだった。

マウスピースか〜。
中学〜高校と吹奏楽をしていたので、私にはなんだかすごく懐かしい香りのする言葉だ。
作ろうか迷っていた折に「月曜から夜更かし」を観ていたら、懐かしさと別の香りも思い出す事になった。

すべての部活動で使う道具の中で、最も臭いものをランキングするというような企画だったと思う。
バスケ部のサポーターだの剣道部の胴衣など、並みいる猛者(?)を押しのけ1位に輝いたのが「吹奏楽部のマウスピース」。
な、なんと不名誉な!
そう思ったが、まあ、確かに「うへぇ」となる臭いだった、うん。
饐えた金属臭というか、他に例えようがない独特の臭い。
テレビの人が悶絶する画面を観ていたら、約30年ぶりの時を経てその臭いが蘇ってきて私も「うへぇ」となっていた。
しかし運動部のあれやこれやを凌駕するほど強烈やったとは…。

でも、正確にはマウスピースの臭いというより、楽器内の臭いだったような。
楽器から臭いが漂い始めたら持ち帰ってバラバラに分解して洗浄液に浸けて洗った記憶がある。
でもこれがすぐに臭くなっちゃうんだよねぇ。
まあ、今となればこれも古き良き?青春の1ページ、か。

ずいぶん下らない下りだったが、約30年越しに再びmyマウスピースを持つ事になった。(写真はマウスピースのケース)
型取りしてあるので当然ぴったりフィット。装着する時の「パチッ」とハマる音がより「my感」が増してなんだか嬉しい。
とはいえ「何かが口にいる」違和感もあり、初日は「こんなもん付けて寝られるか〜!」と思ったが、いったん寝付くとしっかり朝まで眠っていた。
毎日洗って乾かすので臭わず清潔、歯も安心。
まだこれからもう少し使う自分の歯、ちゃんと守ってあげないとな。
病気や身体の心配とは無縁だったピチピチ(死語)10代の自分が見たらさぞびっくりするだろう。

でも歯ぎしり・食いしばりの根本的な原因って何??少し疑問が残った。

2月の連休は

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2月の連休は大阪・池田の中国料理店「時光舎」さんで連日切り紙ワークショップ。
2年前ロゴ制作の依頼を受けたお店で、行った事はあるもののワークショップは初めての場所。
ぶっちゃけ私のワークショップはそんなに人来ないんだよね〜。
申し込み全然なかったら申し訳ないなぁ〜(T ^ T)
声をかけてもらった時はそんな気持ちで正直不安だった。
でもふたを開けてみたら、お店の知名度のお陰で3日とも満席!
来てもらった方にも楽しんでいただけてほっと一息で終わる事ができた。
良かった良かった(^^;

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この日は双喜(ダブルハピネス)2種と、小さな丸い切り紙4種から選んでもらった。
参加者さん全員最後まで集中してキレイに仕上げてくれて何より(*’v`d)
小さな切り紙は意外や獅子が人気でびっくり。

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時間は予告より少し長めになったものの、今回はすぐに飾れるようフレームをつけたのが見栄えよく仕上がって好評だった。
作業の合間には、参加いただいた皆さんからも色んなお話を色々聞かせてもらえて、なんだか私の方が楽しませてもらった気分♪
中国料理のお店という場所柄からか、切り紙のデザインのみならず背景にも興味を持って質問してくれる方が多かったことも嬉しかったことの一つだった。
久しぶりのお店のワークショップ、人前で話すのは緊張したけど(いつもか)、終わりよければって事で…(´ε`;)

 

世田谷文学館に

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世田谷文学館にヒグチユウコの個展を観に行った。
書店や文具店などで、細密でちょっと不思議な猫の絵を見かける事がよくあり、ヒグチユウコという画家の作品だと知ったのはわりと最近。
うっすら興味を持っていた折、大規模な個展が開催されるということなので観に行く事にした。

ヒグチユウコのブランド力・吸引力はすごかった。
一緒に行った友人はガチャとフィギュアに夢中、グッズ販売の長蛇のレジ待ちに並ぶ人々は惜しげもなく次々に大枚をはたいている。
初めて知った。ものすごーーーーく人気の画家さんだったんだ~。
この日のヒグチユウコ素人は間違いなく私だけだったと思う。
買うのは画集だけでいいや、スゲーなみんなと思っていた自分も、気づくとコマゴマしたグッズがしっかりとカゴに入っているではないか。
ヒグチユウコ恐るべし。

会場のあちこちからため息と賞賛のつぶやきが聞こえ、その中に混じって「私も絵が描きたくなった~」という声もあった。友人も帰ったら描きたい!と言っていた。
うっとり観るだけでなく人の創作意欲までかき立ててしまうなんて、改めてヒグチユウコ恐るべし。
しかし絵を描きたい!と言えるなんて羨ましいなぁ。

自己流だからと謙遜するが、友人の絵の才能は小学校のころから既に花開いていた。
文才にも長けていた彼女は休み時間によく漫画を描いており、周りはいつも人だかりができていた。私も眺めながらマネしてこっそり描いたりしたもんだったけど、しょうもないものしか描けなかった。
子供のから絵は苦手で義務教育後絵の勉強は一度もしていない。
当然ながら地力がまったくない。
デッサンの勉強をすれば良かったなぁと思うが、今から勉強するという気も起きない。
自業自得のないないづくしの中、おかしなフォルムでもあまり気にせず作品を作っているが、それでも完成まで幾度となく地力のなさを嘆き、「センスねえよ自分!!下手すぎるんじゃ!!」と心の中で自分に悪態を吐きつつ何とか力技で形にしている。

私見(言い訳?)だが、中国切り紙の世界はどちらかと言えばデザインに近いかな思っている。
「切り絵」と「切り紙」ってどう違う?とよく聞かれるが、絵を描くのとデザイン作業の違いとも言ってもよいのではと思っている。
フォルムを性格に掴む事ももちろん大切だけれど、どこをどれだけ切り込むか、面白い形にできるか、余白のバランスは、などと考えながら模様を作り込む。
バランスが悪いと見栄えがよろしくない。これってデザイン作業に通じるなといつも思う。
幸いな事にグラフィックデザインは難しいけど好きだった。
デザイナーとしてはぽんこつであったが、仕事で得た感覚は役立っていると感じることも多い。
そんな訳で、自分の作品は絵の地力がなくても、デザイナー時代の力のおかげで一応何とか「作品」と言っていい…かなと思っている。

可愛いグッズも魅力的だが、初めて目にしたヒグチユウコの原画は素晴らしかった。
少女にキノコに猫にちょっとグロテスク…、と書くとありがちなモチーフだなと思ってしまうけれど、それらが彼女の脳内フィルターを通ると、観る人の心を一瞬で捉える唯一無二の世界になって目の前に現れる。
いつまでも眺めていたいと思わせる作品たちの前にいると、作品のみならずこの人の脳内を見てみたいなぁという気にもなってくる。

何かの本で、中国剪紙(切り紙)の要は、作品に自分の心象風景を表現することだというようなことが書いてあった。
下絵もない所にはさみを持つ手が自由気ままに心を切り出すなんて、まるでうしろの百太郎の自動書記のようだ。
絵画やのデザインやの余白やのごちゃごちゃ言ってる自分が恥ずかしくなる。
そこまでは到底無理としても、いつか自分の世界観をちゃんと出せるようになりたいものだ。

どうやら私もヒグチユウコに創作意欲をかき立てられた一人になっているらしい。

松の内もとっくに過ぎて、

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松の内もとっくに過ぎて、はや1月も下旬。
昨年から引き続けていた風邪もようやく完治してきた。
1月2日に厄神さんへお参りしたら4日には2週間あまり続いていた微熱が収まった。
さすが日本最古の厄神さん、ご利益はテキメンだった。

今年の風邪は長いと聞くけれど、はやり型というよりも加齢による身体の衰えのほうが大きい気がする。
もうトシやトシやと言いつつも、心のどこかで「自分だけは実年齢より若いはず」という奢りがあった。
カゼの神様にそういった自意識過剰を見透かされどやされたような気がする。
長い長い風邪はもっと己の今の姿を謙虚に認識しろという警告だったのかもしれない。

テレビで聞かない日はない「平成最後」。
平成の時代を振り返る、などと題して事件や当時のトレンドなんかをまとめたコーナーなんかをよく目にする。
その全部にほぼ鮮明な記憶があることに、そしてそれらが「えっ、それってそんな前やった?最近ちゃうんや…」と驚く事に、改めて自分が「そんな前」からずっーと存在してきたことを再確認させられ、あああ〜ぼーっと生きて来たなぁ自分…と漠然と思うのだ。
反省の一つもせずに。
子供の頃からしょっちゅう目にしていた俳優さんの訃報も。
昔、親が「ああ〜、この人も亡くなってしもたんか〜」と言うのを聞いて「誰?」と言ったら「アンタは知らんわなぁ〜」と返されていたのが、いつの間にか「アンタは知らんわなぁ」と言う側になっている。
いつの間にか、着々と、確実に。
最近はそういうことを思わされるニュースが特に多い気がする。いや多い、断定。

昭和が終わっても平成が終わっても、自分はまだ少し続くんだなぁ(多分)、とこの先にちょっと思いを馳せたりなんかもしてみる。
何年経っても自分のことを肯定的に見られないけど、大きな病気もせず働いてくれている体組織にはもっと敬意を払わないとあかんな、とか。
もっと他に思う事ないんか!とため息が出るけど、多分長風邪のダメージが尾を引いている。
ちょっとビビってるな、自分。抗えない時間の流れに。
最近になってようやく「元気があれば何でもできる!」が身をもって理解できるようになった。
昔は当たり前やん何言っとんねんとか思ってたけど、猪木さん、アンタの言う通りだよ!!と思う事がホントによくある。
今回の体調不良の間、モチベーションが落ちて落ちて何を作るにも凄くしんどかった。
回復したとたんにやる気も戻って心底ほっとしている。
ま、やる気起きない病にはしょっちゅう罹っているので風邪だけのせいにはできん…。

とにかく、年齢が上がると身体のみならずココロの元気の浮き沈みも多いんだなぁ。
確かに若い時はイケイケで根拠のない自信もあったもんだ。
若いうちになんでもやれという言葉が、ぼーっと生きてきた自分に今更ながらズシリと響く。
でもまあともあれ、歳を重ねて良かったということもいろいろあったりする。
歳をとるのもええな、ともっと思える一年にしたいな。

写真は北海道の先住民族ウィルタ族の神「セワ」と「セワポロロ」の神像を模して作られた人形。背の高い神様は人々の願いを叶えてくれる全知全能の「セワポロロ」。もう一体は、災厄を空に持ち帰ってくれる「セワ」。
偉そばらない控えめなお顔を眺めていると、謙虚に生きよう…という心持ちにもなったりして。

今年の風邪は今年のうちに…

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今年の風邪は今年のうちに…と思っていたら、残すところ1日をきってしまった。
前に熱風邪をひいたのはいつ?と思うくらい久しく風邪をひいておらず、頑丈に生み育ててくれた親に感謝の念を持っていたのだが、もうそんな貯金はないことを今回思い知った。(恐らくそんなもんはとっくに無くなっていたのだろうが気づかんかった)

この歳になってからの風邪はこんな治らんのか!というくらい長くひいている。
軽い鼻風邪状態からカウントしたらもうひと月近く経つ。
喉痛と咳と熱でクリスマスは飛び去り、久々に外に出かけたらすっかり正月モードの街に面食らった。そして明日は元日だというのにまだ咳と微熱がおさまらん。
しっかりしてくれ、自分の免疫力よ。

思い返せば今年は引っ越しから始まって、何かとバタバタ過ぎ去った一年だったような気がする。もっと言うなら本当に12か月あったのか聞きたくなる位だ。
その疲労のツケがやってきたのかな。年末でなくてもツケがくるのは楽しくない。
年末なら尚更景気が悪い心持ちになってしまう。イルミネーションも結局一度も観に行けなかったよ。。ぶつぶつ。

何とか来年早々必要な準備は済ませ、年賀状も書き終えて今に至っている。
snsを覗くと今年のしめくくり投稿があふれていたので、私もここでこそっと〆てみようと思う。

前回も触れたけど、今年は思いのほか雑貨がよく売れた。
よく売れるということは、買い手に受け入れられるデザインだったということ。
たくさんの人に受け入れられるということには善し悪しあるかもしれないけど、今年作ったものは、自分でもそこそこいい感じに出来たなーと思うものだったので、それをいいなと感じてお金を出そうと思ってくれる人がたくさんいたことは素直に嬉しかった。
これまで中国の吉祥寓意に固執していた所から少し離れ、オリジナル色のあるものも作れるようになってきたことが、今年の制作で一番の収穫かなと思う。
来年はもう少し妄想度(暴走度?)がアップした作品を作れるように精進したい。
オリジナリティーを出す事で、結果的に雑貨の販売好調に繋がるならなおよろしいな。

岐阜の個展も今年の出来事で外せない。
知り合いのいない土地、都会でない場所での個展をしてみたいなーと夢見ていて、その夢が好きな岐阜の地で叶ったことは何にも代え難い経験になった。
またいつか、どこか知らない土地で個展をしてみたい。
お声掛け心よりお待ちしております!(人脈がないのでどこまでも他力…)

子供の頃、風邪を引いて熱を出したらいつも決まって見る夢があった。
周りの風景は分からないけど、どこまでも続く階段をひたすら独り登り続けていて、その自分を見ているというもの。
今思うと何だか暗示的だが、夢占いはよく知らないのであの夢が暗示していたのが何だったのかは謎だ。熱で平衡感覚がおかしくなっていただけかもしれない。
大人になってからは発熱しても見なくなった夢だが、階段と自分しか登場しないお世辞にも楽しいとはいえない夢、まだ微熱がおさまらない今、初夢にはできれば登場してほしくないと願っている。
階段の上から何が見えるのか、今でも時々思い出して気になるところだが。

風邪のおかげでやや景気の悪い年明けになりそうだが、一年の計が元旦にないことを願い、早々に厄神さんへ初詣に行って年に一度の神頼みをしに行こう。
都合の良い時だけこられて神様も迷惑かもしれないがよろしく頼む(やはり他力…)

来年も好きなことができる一年になりますように。
あわよくば雑貨もよく売れますように。
さらにあわよくばイベントの集客もアップしますように。
多い。
聞いてくれなさそうなので神様へのお願いは1つにしてあとは自力で頑張る。

写真は岐阜県美濃で10月に行われる「美濃あかりアート展」のあかりと宿泊した郡上八幡の清流。
古い町並みが浮かぶあかりと祭りの時期とは違う静かな郡上の街は忘れられない秋の思い出(*'v`d)